【 聖沙 】   「はぁ……不覚だわ。大事なノートを忘れてきちゃうなんて」
  放課後。聖沙は生徒会室に置き忘れてしまった、日々書き溜めているポエムのノートを回収しに向かっていた。
  【 聖沙 】   「もし誰かに見られでもしたら……あぁっ、そんな恥ずかしいこと耐えられないわ」
  そわそわと落ち着かないまま生徒会室にたどり着く。
  【 シン 】   「はぁ……不覚だ。大事な牛乳を置きっぱなしにしちゃうなんて」
  【 聖沙 】   「えっ!?」
  【 シン 】   「あれ、聖沙?」
  【 聖沙 】   「さ、咲良クン……あなた、どうしてこんなところにいるのよ」
  【 シン 】   「どうしてって……どうしよう、ちょっと恥ずかしいな」
  【 聖沙 】   「恥ずかしい!? まさか、あなたも……」
  【 シン 】   「僕も、何?」
  【 聖沙 】   「なっ、なんでもないわ! きっといかがわしいことしようとしてたんでしょ!」
  【 シン 】   「ど、どうしてそうなるのさ! 置き忘れた牛乳を取りに来ただけだよ」
  【 聖沙 】   「え? あ、そうなの……ほっ」
      (あぁ、でも困ったわ。これじゃあこっそりノートを取りに来た意味がないじゃない)
      (咲良クンにノートを見られるわけにはいかないし、なんとかしないと……)
  【 シン 】   「聖沙? どうかしたの?」
  【 聖沙 】   「んなっ!? だからっ、なんでもないわよっ!」
  【 シン 】   「そう? なんだか深刻そうな顔してたから心配になっちゃって」
  【 聖沙 】   「余計なお世話よっ。あなたに心配される筋合いなんてないわ」
  【 シン 】   「そっか、それだけ元気なら大丈夫そうだね」
  【 聖沙 】   「〜〜〜っっっ!」(だから、それが余計なお世話だって言ってるのにっ!)
  聖沙はぷんすかと苛立ったまま、生徒会室に入る。
  【 シン 】   「ねぇ聖沙、何やってるの?」
  【 聖沙 】   「お茶の用意よ」
  【 シン 】   「えっ? そんな、悪いよ。僕はただ牛乳を取りに来ただけなのに」
  【 聖沙 】   「あなたの分なんてないわよ」
  【 シン 】   「えぇっ!? そんなの冷たいよ。僕たちの仲じゃないか」
  【 聖沙 】   「犬猿の仲ね」
  【 シン 】   「生徒会長と副会長の信頼関係は?」
  【 聖沙 】   「ないわよ」
  【 シン 】   「そ、それはショッキングな事実だ……」
  【 聖沙 】   「いい、咲良クン? 私は、あなたのことが、嫌いなの!」
  【 聖沙 】   「だから、そんな親切なことするわけないじゃない!」
  【 シン 】   「はい……気をつけます」
  【 聖沙 】   「ふん、わかればいいのよ」
  そう言って顔を背けながら、聖沙はシンの前にお茶を出す。
  【 シン 】   「えっ?」
  【 聖沙 】   「かっ、勘違いしないでよ」
  【 聖沙 】   「これはあなたに早く帰ってもらいたいからで、別に親切でも何でもないんだからねっ」
  【 シン 】   「あ、ありがとう聖沙!」
  【 聖沙 】   「ほら、さっさと飲んで!」
  【 シン 】   「ずず……。あ、そういえば聖沙は、どうしてお茶の用意をしてるの? さっき帰らなかったっけ?」
  【 聖沙 】   「そっ、それは、その……ここで紫央と待ち合わせしてるのよ」
  【 シン 】   「紫央ちゃんと?」
  【 聖沙 】   「そうよ。一緒に帰る約束をしてるの」
  【 聖沙 】   「待ってる間の時間を潰すのと、紫央が来たらちょっとだけお茶できるようにって」
  【 シン 】   「なるほど、そうだったのかぁ」
  【 聖沙 】   (ふふっ、上手くごまかせたみたいね。所詮咲良クンなんてこんなものだわ)
  【 聖沙 】   「さあ、わかったら早く帰ってちょうだい。咲良クンの用事は済んだでしょ」
  【 シン 】   「そうだね。でもそれなら、紫央ちゃんが来るまで聖沙が寂しいだろうから、僕も一緒に待ってるよ」
  【 聖沙 】   「えぇっ!? いいわよそんなのっ! 早く帰って!」
  【 シン 】   「遠慮しなくてもいいよ。ちょうど牛乳もあるし。何なら飲む?」
  【 聖沙 】   「飲まないわよっ!」
      (ああもう、これじゃあごまかした意味がないじゃないっ)
      (ノートに気づかれる前に何とかしないと……)
  聖沙がシンを睨みながら唸っていると、そこで突然入り口のドアが開いた。
  【 紫央 】   「失礼いたします」
  【 聖沙 】   「えっ!? 紫央!?」
  【 紫央 】   「おお、姉上。それにシン殿も。人の気配があったのでもしやと思って訪ねてみたのですが、お邪魔でしたか?」
  【 聖沙 】   「ぶんぶん! 全然そんなことないわ。むしろ助かったくらいだもの」
  【 紫央 】   「は、はあ? よくわかりませぬが、それは重畳」
  【 シン 】   「待ち合わせ、してたんだよね?」
  【 紫央 】   「待ち合わせ?」
  【 聖沙 】   「そうよっ! そうなのっ!」
  【 紫央 】   「そうでしたか、それではやはりお邪魔でしたかな?」
  【 聖沙 】   「あーもうっ、そういうことじゃなくてっ!」
  【 紫央 】   「はあ……?」
  【 シン 】   「どうしてそんなに慌ててるの?」
  【 聖沙 】   「そ、それより紫央、良かったらお茶なんてどうかしら? ちょうど今用意してたところなのよ」
  【 紫央 】   「それはかたじけのうございます。ご相伴にあずからせていただくとしましょう」
  【 聖沙 】   「わかったわ、ちょっと待っててね」
      (ふふふ、とにかくこれで、咲良クンがここにいる理由がなくなったわ)
      (後は紫央に気づかれないよう、ノートをこっそり鞄に隠すだけ)
      (さあ、早く帰るのよ咲良クン……!)
  【 紫央 】   「おや? シン殿のカップが空のようですな」
  【 シン 】   「おかわりをもらおうか悩んでて」
  【 聖沙 】   「えぇっ!?」
  【 紫央 】   「姉上? どうかなさいましたか?」
  【 聖沙 】   「い、いいえ、何でもないわ。そうね、もう一杯、いかが?」
      (うぅ、紫央の前で冷たい態度はとれないし、こうなったらもう、最後までごまかしきるしかないわ)
      (ノートの存在を知られるわけにはいかないんだから……!)
  【 シン 】   「うーん、でも、やっぱり二人の約束の邪魔をするのは悪いよ」
  【 聖沙 】   (キィ! 変なとこだけ気を遣わないでよっ!)
  【 紫央 】   「約束? はて、それがし姉上と何か約束しておりましたでしょうか?」
  【 シン 】   「あれ? 違うの?」
  【 聖沙 】   「うぐっ!」
  【 シン 】   「それじゃあ聖沙は、どうして生徒会室に?」
  【 紫央 】   「そういえば、いつもならお帰りになっている時間ではありますが」
  【 聖沙 】   「あうぅ……」
      (だ、ダメだわ……これ以上追及されたらここに来た理由がバレちゃう)
      (そしたら、とっても恥ずかしいことに……)
  【 シン 】   「あ、もしかして、聖沙も僕と同じで忘れ物したとか?」
  【 聖沙 】   「ああーーーっ! そういえば用事があったのを思い出したわ!」
  【 紫央 】   「ぬっ、姉上?」
  聖沙は不自然な笑顔を浮かべながら、紫央の腕をがっちり掴む。
  【 聖沙 】   (ここはもう逃げるが勝ちね! 質問さえされなければバレないんだからっ)
  【 聖沙 】   「ごめんなさい、お茶はまた今度にしましょう。それじゃあね咲良クン!」
  【 シン 】   「え、あ、ちょっと聖沙!? って、行っちゃった……」
  【 シン 】   「一体何だったんだろう……ん?」
  一人生徒会室に取り残されたシンは、机にぽつんと残されたノートを見つける。
  【 シン 】   「きらぼし、夢? 人の名前なのかな……。え〜となになに……『ロンリネス・レモネード』」
  【 シン 】   「ああ 言わなくちゃ 揺らめく胸の高鳴りは空回りするばかり 切ない気持ちはレモンみたいに転がるの 本当に伝えたい言葉は届かない 声を聞くだけで苦しくなっちゃう いつもあなたの背中ばかり見つめているから……って、こ、これはっ!?」
  結局、聖沙の努力は空回りに終わるのだった。