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【 ヘレナ 】 |
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「生徒会の諸君、元気してるー? 今日は差し入れ持ってきたわよー!」 |
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【 聖沙 】 |
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「わ、すごい……サツマイモがこんなに沢山!?」 |
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【 シン 】 |
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「ぜ、全部もらっちゃっていいんですか……じゅる」 |
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【 ナナカ 】 |
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「ひゃっほう、やったね! 焼き芋やろうよ!」 |
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【 ロロット 】 |
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「焼き芋っ!? なんだか急にわくわくしてきました!」 |
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【 リア 】 |
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「そうだね。たまには、こういうのもいいかな」 |
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にわかに色めき立つ生徒会の面々は、仕事の休憩がてら、揃って校舎の外へと向かう。 |
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【 シン 】 |
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「あ、そうだ。どうせなら、人数は多い方が楽しいよね」 |
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【 リア 】 |
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「それもそうだね。でも、どうして?」 |
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【 シン 】 |
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「僕、ちょっと呼んできたい人がいるんです。悪いけど、みんなは先に始めてて」 |
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【 聖沙 】 |
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「ちょっと、あんまりみんなを待たせないでよ!」 |
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【 シン 】 |
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「わかってるよ!」 |
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そう言い残すなり、シンは目的の人物を捜して駆け出した。 |
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【 シン 】 |
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「うーん……今日はどこにいるのかな……?」 |
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しばらく学園の敷地内を走り回るシン。 |
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【 シン 】 |
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「……あっ、いた!」 |
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【 シン 】 |
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「お〜い、アゼルー!」 |
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【 アゼル 】 |
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「……?」 |
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【 シン 】 |
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「ふぅ、よかった。まだ帰ってなかったんだね」 |
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【 アゼル 】 |
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「……お前か。何の用だ?」 |
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【 シン 】 |
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「あのさ、これからみんなで焼き芋を焼くんだけど、アゼルも一緒にどうかな?」 |
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【 アゼル 】 |
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「焼き芋?」 |
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【 シン 】 |
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「そうそう、焼き芋。甘くてほくほくで、とってもおいしいんだ」 |
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【 シン 】 |
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「アゼルは焼き芋って、食べたことある?」 |
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【 アゼル 】 |
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「ない」 |
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【 シン 】 |
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「そっか。それなら、尚更おすすめするよ」 |
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【 シン 】 |
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「みんなで焚き火を突っつくのも楽しいし。あっ、勿論火の扱いには注意しないといけないけどね」 |
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【 アゼル 】 |
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「……」 |
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【 シン 】 |
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「どうかな?」 |
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【 アゼル 】 |
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「……興味ない」 |
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【 シン 】 |
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「えっ?」 |
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アゼルはそっぽを向いて歩きだす。 |
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【 シン 】 |
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「あ、ちょっと待ってよ。そんな事言わずにさ。みんなでやれば、きっと楽しいと思うんだ」 |
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【 アゼル 】 |
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「どうでもいい」 |
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【 シン 】 |
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「みんなと一緒に焼き芋焼くの、嫌かな?」 |
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【 アゼル 】 |
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「そうだ」 |
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【 シン 】 |
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「でも、焼き芋はすごくおいしいし……一度は食べてみるべきだと思うけどなあ」 |
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【 アゼル 】 |
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「必要ない」 |
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【 シン 】 |
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「え? でも、想像と実際に食べてみるのとじゃ全然違うよ?」 |
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【 アゼル 】 |
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「違う……」 |
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【 シン 】 |
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「あっ、わかった。みんなと一緒にお喋りするのが恥ずかしいんだね」 |
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【 シン 】 |
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「焼き芋食べるのが初めてでも、誰も変に思わないのになー」 |
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【 アゼル 】 |
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「だから、違う……」 |
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【 シン 】 |
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「ようし、僕に任せて! 焼き芋を食べたことがないなんて、絶対に人生を損してるんだからさ」 |
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【 アゼル 】 |
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「……」 |
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シンはアゼルをその場に残すと、一人で落ち葉をかき集め始めた。 |
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【 アゼル 】 |
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「……何をしている」 |
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【 シン 】 |
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「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、ちゃんとサツマイモを持ってきてあったんだ」 |
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【 シン 】 |
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「これをアルミホイルで包んで、こうやって落ち葉の山に突っ込んで……」 |
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【 アゼル 】 |
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「……」 |
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【 シン 】 |
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「で、落ち葉に火をつける、と。このスキルさえあれば野宿もできるよ」 |
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【 アゼル 】 |
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「……なぜ燃やす」 |
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【 シン 】 |
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「こうやって、中のサツマイモを蒸し焼きにするんだ」 |
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【 シン 】 |
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「他には、石焼きにする方法もあるんだよ」 |
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【 アゼル 】 |
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「……無駄だな」 |
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【 シン 】 |
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「そうかもね。でも、こうやって焚き火をしながらやった方が、なんとなく雰囲気があるからさ」 |
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【 アゼル 】 |
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「……無意味だ」 |
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【 シン 】 |
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「そんなことないよ。だって焼かないとおいしく食べられないじゃないか」 |
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【 アゼル 】 |
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「……」 |
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【 シン 】 |
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「どうせ食べるならさ、おいしい方がいいだろ?」 |
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【 アゼル 】 |
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「……味など関係ない」 |
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【 シン 】 |
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「そんなことないよ。おいしいものを食べれば、それだけで幸せになれるんだから」 |
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【 アゼル 】 |
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「幸せ……?」 |
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【 シン 】 |
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「そ、幸せ。あー、早く食べたくて待ちきれないよ」 |
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【 アゼル 】 |
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「私はそんなことない」 |
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【 シン 】 |
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「そう? でも、すぐにわかると思うよ。ホントにおいしいんだから。まさに幸せの味だね」 |
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【 アゼル 】 |
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「何を食べても同じだ」 |
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【 シン 】 |
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「う……それはよく言われるなー。なんでだろう?」 |
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【 アゼル 】 |
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「ふん……お前の幸せとは、安いものだな」 |
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【 シン 】 |
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「ひ、否定できない……」 |
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【 アゼル 】 |
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「下らん」 |
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【 シン 】 |
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「でもっ、これを食べないと絶対後悔するよ!」 |
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【 アゼル 】 |
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「……後悔など、しない」 |
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そうこうしているうちに、焚き火の勢いがが弱まってくる。 |
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【 シン 】 |
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「んー、そろそろかな……」 |
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【 アゼル 】 |
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「何がだ」 |
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【 シン 】 |
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「焼き上がりが、もうすぐってこと」 |
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焚き火の中から焼き芋を引っ張り出したシンは、軍手でそろそろとアルミホイルをむいてゆく。 |
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【 シン 】 |
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「よっ、と」 |
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持ち手の部分を残して、焼き芋を半分に割る。 |
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【 シン 】 |
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「お、上手くできてるなー。はい、アゼル」 |
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【 アゼル 】 |
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「……」 |
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アゼルはそっぽを向きつつ、ちらちらと横目で焼き芋を観察している。 |
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【 シン 】 |
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「どうしたの? すごくおいしそうでしょ。あぁ、この匂いだけでよだれが……じゅる」 |
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【 アゼル 】 |
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「よだれなど出ない」 |
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【 シン 】 |
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「あ、ごめん。そうだよね、女の子がよだれを垂らすのはまずいよね」 |
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【 アゼル 】 |
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「……」 |
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【 シン 】 |
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「でも、これは絶対おいしいからさ。ほら」 |
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【 アゼル 】 |
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「……いらない」 |
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【 シン 】 |
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「まぁまぁ、そんなこと言わずに。せっかく焼いたんだし」 |
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【 シン 】 |
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「熱いから、この軍手も使っていいよ。あ、牛乳もあるからね」 |
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【 アゼル 】 |
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「……」 |
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もう一度強く差し出されて、アゼルはようやくその焼き芋とまっすぐに向き合った。 |
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【 アゼル 】 |
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「……焼き芋」 |
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【 シン 】 |
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「そう、おいしい焼き芋だよ」 |
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【 アゼル 】 |
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「……おいしいのか」 |
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【 シン 】 |
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「うん、保証するよ」 |
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【 アゼル 】 |
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「……幸せなのか」 |
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【 シン 】 |
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「勿論! 食べたらきっとびっくりするよ」 |
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【 アゼル 】 |
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「……ふん、どうでもいいことだ」 |
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【 シン 】 |
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「そうだね。食べる前から色々言っても仕方ないか。はい、どうぞ」 |
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アゼルの目の前で、黄金色の焼き芋がほくほくと湯気を立てている。 |
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【 アゼル 】 |
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「……別に、食べたいわけでは、ないのだからな」 |
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アゼルの手が、ゆっくりと伸ばされる。 |
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【 アゼル 】 |
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「お前が、無理やりそうするからだ……」 |
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そうして、その手がシンから焼き芋を受け取ろうとしたところで―― |
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【 ナナカ 】 |
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「お〜い、シーン! そんなとこで何やってんの〜?」 |
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【 アゼル 】 |
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「ッ!?」 |
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シンを呼ぶ声が聞こえた途端、さっと手を引っ込めたアゼルは、そのままくるりと踵を返してしまう。 |
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【 シン 】 |
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「あれっ、どこ行くんだよアゼル! 焼き芋は!?」 |
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【 アゼル 】 |
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「いらない!」 |
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そのままシンの方を少しも振り返ることなく、アゼルは逃げ出すようにその場から走り去って行った。 |
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【 ナナカ 】 |
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「シン、なにしてんの? さっきのアゼルでしょ?」 |
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【 シン 】 |
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「うん、ちょっとね……」 |
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【 ナナカ 】 |
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「それより、もうとっくに焼き始めてるんだから。早く戻ってきなよ」 |
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【 シン 】 |
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「うん」 |
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アゼルが顔を逸らした一瞬、その顔はきれいな朱色に染まっていて、それがシンの脳裏に焼き付いて離れない。 |
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【 シン 】 |
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「……やっぱり、食べたかったのかな」 |
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シンはその光景を思い返しながら、みんなの下へと戻るのだった。 |